2011.7生まれの息子の出生・病気・発達・その後の成長について

2011.7.7に誕生した我が家の息子さん(第2子)

いろいろあってたくさんの病気・発達障害を持っています。

彼のことについて色々書くことは親としてどうなのかな、と書くことをためらい1年経ってしまいましたが、1歳になったことを機に、少し詳しく書いてみようと思います。

詳しく書かなくても、とお思いの方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、以下の理由から、書くことを思い立ちました。

息子が誕生して間もなく、いろいろな現実を突きつけられた時、様々なことをインターネットで調べました。

その中でも、特に、息子と同じような出生をし、同じような病気・発達をたどったお子さんが、今現在はどのように過ごしていらっしゃるかという情報が本当に欲しかった。

最初は、息子はどうなってしまうのだろうという不安が一番大きかった。
(もちろん、今でもまだまだ不安なことには変わりませんが・・・。)

なので、障害や病気と闘いながらも、今は元気に笑顔で暮らしていらっしゃる方の情報を見るだけですごく安心したのです。
そして、頑張ってらっしゃるたくさんのご両親のことを知り、どれだけ勇気づけられたかわかりません。

そのような経緯もあり、息子のことを少し詳しく書こうと思います。

私がここで、息子のことを書くことで、同じように苦しんでいる方の支えに少しでもなれたら嬉しいなと思います・・・。

もちろん、失意させてしまうこともあるかもしれないです。
とにかく、現実を書きます。
あまり美談にしてしまわないよう、少しネガティブなことも書くと思います。

どうかよろしくお付き合い下さいませ。

成長と同時にこのページの記録を追加していきます~。


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2011.7.7(出生日) 

妊娠37w6d。
早朝目が覚めた時、前日の晩からなんだか胎動が少ないように思い、でも明日で38wだしこんなもんだろうと思っていた。
しかし、それから全然動かず、それでもしばらくはいつか動くだろう~とごろごろしていたのだが、いよいよ嫌な予感がしてきて午前9時くらいに病院にtel。
すぐ来て下さいとのことで、10時頃病院に到着。すぐにモニター。その時は心拍も動いており、一安心。
モニターをとっている途中に医師がやってきて、「大丈夫そうだけど、やっぱり入院して、数日のうちに帝王切開の準備した方がいいかな?」といわれ、入院の準備をし、エコー。
エコー途中から、周りがざわめき始め・・・、医師、助産師がみるみるうちに集まってくる。
「緊急で出しましょう!もう危ない!」と先生。

結局ははっきりとは説明はなかったが、おそらくその時はもうほとんど心拍は動いていなかったのだろう。
あれよあれよと手術室に連れていかれ、15分程で息子誕生!私にとって生まれて初めての手術だったけど、怖いと思う暇もなかった・・・。
何分後かには泣き声も聞こえ、保育器に入って連れてこられた息子とすこしだけ握手。
しかしすぐさま息子はNICUへ。

私はその後、術後の痛みと後陣痛の痛みで何も考えられず、とにかく苦しんでいた。
でも心のどこかでは、無事出してもらえたし、NICUで見てもらってるし、大丈夫なんだろうな~と思っていた。

2011.7.8

次の日、ダンナからいろいろと説明を受ける。
息子の状態は、
「重症仮死」で出生、「低酸素性虚血性脳症」「脳室内出血」にもなっていると。
最初はなんのことやら理解できず。ただただ大変なことになっていることだけわかる。
とにかく、出血を止める治療と、大火事が起きてる状態の脳の中をしずめていますと。
3日間は急性期です。と。

障害児になるのだろうと、すぐに思ったが、なんだかその日は、それでもやれると思った。
涙もほとんど出なかった。

20011.7.9~

ようやく私が動けるようになり、初めてNICUへ息子の面会に行く。

管という管でつながれた息子に初めて出会う。
薬で沈静されているため、動くことは全くできず、呼吸器をつけているのでもちろん声も聞けない。
抱っこなんかはもちろん禁止。さわれるのは、手の甲のほんの一部分だけだった。
それでも、息子のそばにいるのは嬉しかった。
部屋に戻ると、現実が襲いかかり、心臓が張り裂けそうな、苦しい入院生活だった。
前日まで元気にお腹を蹴っていた息子を、そのまま元気に出してやることができなかった。
悔やんでも悔やみきれないし、自分を責める毎日だった。

私は8日ほどで退院し、そこからは毎日のNICU通い。
搾乳した母乳を持って、毎日毎日通った。5日目からはなんとかチューブで母乳をとれるようになった。
面会に行っても、動くこともなく、目を開けることもない息子だったけど、やっぱりそばにいるのは嬉しかった。
一緒に行った娘は、重苦しいNICUの中でも一人大声で息子にしゃべりかけてた。
娘も本当に苦しい毎日だったと思うけど、明るく天真爛漫に振る舞ってくれていた。感謝しかないです。ありがとう。

NICU通いも2週くらいたったころ、点滴も減らず、呼吸器も相変わらずだったが、息子の頭部がだんだんとむくんで腫れてきているような気がしてた。

そして、担当医から「出血が原因で水頭症になっています。緊急に手術が必要です。」と。
水頭症はなんらかの原因で、脳室内に髄液が滞り、脳室が拡大する病気。脳が圧迫され、いろいろな障害が起こる。
NOと言えるわけもなく、その数日後には脳の手術。産まれてから3週目くらいの出来事だった。
手術は「リザーバー留置術」。脳室内の髄液を手動で抜いていくのを容易にするための手術。

それからは、毎日髄液を抜く作業。でもそれをし始めると、息子はとても元気になっていき、麻酔からは覚め、呼吸器も取れ、目をぱっちりあけてくれるようになった。

生後3週間すぎて、ようやく、2回目の泣き声を聞くことが出来、抱っこもできた。初めてのお風呂も入った。
その時の感覚は一生忘れないでおこうと思っていたのに、やっぱりちょっと忘れ気味(笑)

すぐにはできないよ、といわれていた、ほ乳瓶からの母乳も、初日からごくごく。
見事に、先生達の予想をいい意味で裏切っていってくれた息子。
生命力が強いな~とよくほめられたな~。
それから1週間ほどしてからは、直接おっぱいを飲んでくれるようになった。
本当に、奇跡としか思えなかった。

生後1ヶ月ほどして、先生からの詳細説明があった。

「まだ髄液を抜く作業と、服薬していかなくてはいけないですが、退院の目処がついてきました。奈良ではどこの病院に行きますか?」

もう奈良には帰れない、きっと1年くらい入院なのかも・・・と思っていたので、まさに青天の霹靂!
(ちなみに出産とNICUは実家のある岡山の病院)
また奈良に帰って、家族4人で生活できるんだと思うと、嬉しかった。

そしてその時に、息子は、出生時の影響で脳の基底核というところが中程度のダメージを受け、「脳性麻痺」「精神障害」「知的障害」などなどを伴うだろうとはっきりといわれたが、そうならない可能性ももちろんあるともいわれ、(新生児の脳は、ダメージを受けた部分を他の部分が補うことがあるらしい)、ダンナと2人、覚悟ももちろんしたが、息子の可能性を信じて行こうと心に誓った。
そして、リハビリがとても大切ということも教えてもらい、大阪の「森之宮病院」というところでボバース法という脳性麻痺の訓練をやってみたらどうかとの提案も。
すぐに予約してみたが、9月まで予約は取れなかった・・・。

そして、1ヶ月半でNICU退院。
しかもその頃には、髄液を抜く作業をしなくても頭が張らなくなってた。
水頭症も治ってきてるのでは?ということだった。
息子の運の強さに、感謝しかなかった。

退院後、1ヶ月して、いよいよ奈良に戻ることに。
その直前に脳波をとった結果、「点頭てんかん(West症候群)」になる可能性が高いことがわかる。
フェノバールというけいれん止めのお薬をしばらく続けていき、様子を見ることになった。

2011.9

いよいよ奈良に帰り、家族4人の生活。
てんかん様の発作も出ず、2ヶ月終わり頃から笑顔も見せてくれるようになった。
「笑える」ということは、すごく大きな事らしく、これでどれだけ安心したかわからない。
それなりに、少し手を動かすようにもなってきたり、素人目に見たら、どこが悪いんだろうという感じの赤ちゃんに成長。
予防接種も普通に始めてOKという診断も下り、無事にBCGから受けることができた。

そして、例のボバース法の訓練の話を聞きに森之宮病院へ。
まだ3ヶ月程ではなにもわからないとのことだった・・・。

2011.11

それなりに育ってきてるんだろうな~と思っていたのだが、4ヶ月の終わり頃、市の4ヶ月健診を受けたところ、
首はほとんどすわっていないとの判断。発達もかなり遅れが見られるとのこと。
なんだか一段落して安心していたところに、またまた現実がのしかかってきた。

同じ頃、市の保健師さんと助産師さんの訪問があり、いろいろ相談していくうちに、ボバース法よりボイタ法による訓練を受けてみたらどうかとの提案が。
脳性麻痺の訓練法として、ボバース法とボイタ法が有名ということで、私も自分なりに調べていたのだけど、ボイタ法は厳しいという評判ばかりがあり、担当医からもボバースを勧められたこともあってあきらめていた。
奈良の「バルツァ・ゴーデル」という施設で、ボイタ法の先生が月に1回来られるという情報を聞き、すぐに予約。
やはりいっぱいで、1ヶ月先にようやく診察を受けられることができた。

2011.12

バルツァ・ゴーデルにて初の診察。その時息子5ヶ月。
診察してくれた先生は、ボイタ法で有名な京都の「聖ヨゼフ医療福祉センター」の「家森先生」。

先生によると、仰向けの状態は3ヶ月くらい、うつぶせの状態は新生児並みだと・・・。
そしてこのままだと、ハイハイまでしかできず、歩くことはできないだろうと・・・。
そして舌が少し下がってしまっており、このままだと食べることも難しい。
筋肉を上手に動かせない障害なので、斜視も少しある。
いろいろと厳しいこともいわれたが、ただ、脳性麻痺決定ではなく、予備軍とよんでいいだろうということで、訓練により進んでいくことはでき、1歳で四つん這い、2歳で歩行ができれば、健常児とかわらない状態まで持っていくことは可能と聞かされ、がんばるしかない!と奮起した。
ボイタ法の訓練方法も少し教えてもらったが、厳しいことには変わりないが、できないとは全く思わなかった。
ちなみに、訓練法は、子供にある一定の動作をとらせ、保持するようなやり方。
1日4回を毎日続ける。嫌な体勢をとらされる子供は号泣。それに耐えられるかどうかが、分かれ道かな~。

同時に、ヨゼフの方でも5週間の母子入院による訓練をした方がいいだろうといわれた。
娘の幼稚園のことがあったのでかなり悩んだが、これをせずに息子が歩けなくなった時に、絶対やっておけば良かったと思うだろうから、これまたやるしかない!と即決した。
しかし、やはりすぐには予約は取れず、1月から2月になるだろうといわれる。

その次の週からはバルツァ・ゴーデルのPT(理学療法)の先生によるボイタ法の訓練が始まった。
週1回で見てもらっている。

ボイタ法を始めてからはやはり少しずつ悪かった部分が治っていった。
うつぶせにしたら全く上げられなかった頭もあがるようになった。
もしかしたら、成長と同時に治ってきたことなのかもしれないが、おそらくボイタ法のおかげだと思われる部分も多いだろうと思う。

そして、産まれた岡山の病院にて久々の脳CT。
水頭症は良くなっていたはずだったのに、脳室は拡大したままだった・・・。
ちなみに頭囲の拡大はない。脳が薄くなっちゃったってこと・・・?

2012.1

ヨゼフの方で初診察。
初めて見てもらった5ヶ月の時よりはもちろん成長してるけど、やはり問題点多しということで、母子入院が正式に決定。
しかし、延びて延びて3月スタートになることに・・・。

2012.2

市の7ヶ月健診に行く。
ようやく首はすわってるとのこと。そこの小児科医の見解では、4ヶ月くらいの発達かな~と言われた。
首がすわったのがやっとで、寝返りなんかまだまだという状態・・・。
うつぶせにすると頭をあげるもののキープはできない状態。
成長の目安となる、仰向けの時に足を持ってなめる様なしぐさは全くない。
(足をもってなめるようになる動作は非常に大事らしいです。)

岡山の病院にて再度脳CT。
脳室の拡大は何も変わらない・・・。

2012.3

8ヶ月に入り、ようやく聖ヨゼフ医療福祉センターにて母子入院スタート。
娘は、お友達に頼んだり、幼稚園を休ませて岡山の実家に預けたりと、バタバタの状態だったけど、なんとか、こなしていった。
母子入院中は、1日1回PTの先生に訓練を見てもらい、後の3回は自分の病室で訓練をするという毎日。
その他にもOT(作業療法)・ST(言語療法)がある。OTとSTの先生には食事の様子も見てもらったりもした。
その間に、検査があったり、保育の時間があったり、なにかとバタバタ忙しいけど、母子入院用のお風呂は家のお風呂よりずっと綺麗で快適だし(笑)、上げ膳据え膳だし(笑)、同室のママさんはいい人だし、かなり快適で楽しい入院生活だった。
ちなみに何もなければ外出も自由で、土日には外泊ができた。

肝心の発達は、入院したてのころは全然食べれるようになかった舌が、毎日の先生のマッサージにより、かなり回復し、顔面にも麻痺が見られるとのことだったが、それも先生の手にかかると退院時にはほとんどなくなった。
(ちなみに、顔面の麻痺も舌の状態も、素人の私が見てもまったくわかりませんでした(+_+))

仰向けの状態では、すこしずつ足が上がるようになり、骨盤が浮くようになってきた(これ大事らしい!)
足をなめるとかはまだまだ無理。
うつぶせ状態は少しずつキープ時間が長くなってきたが、寝返りは、だいぶ手伝ってやらないとできない状態。
それでも入院中の1ヶ月でかなり寝返りに近いものができるようになってきた。

退院時には結局寝返るところまではいかなかった。が、その他については本当に成長したと思う。
入院と同時に離乳食を始めたのだが、途中で2回食になり、どろどろがゆと野菜ペーストは問題なく食べられるようになった。

そして、入院中に脳波をとったのだが、こちらについては、悪化。
フェノバールを増量した方がいいだろうということになり、これは帰って奈良の担当医に相談することに。
しかし、ここまで発作はでていない。
帰って県立奈良病院の担当医に相談し、増量が決定。

2012.4

そんなこんなでヨゼフを退院。
なんと退院した次の日から寝返りをするように!
そして1ヶ月程右方向にしかできなかったのだが、左方向にもできるようになってからは、寝返り返りもなんなくするようになり、とても上手になった。やはり母子入院はとっても意味があったのだろうな~。
息子9ヶ月~10ヶ月の出来事。
ちなみに、家では、1日4回の訓練は難しく、3回になっているのが現実・・・。

2012.5

ヨゼフの入院も終わり、またバルツァでの週1のPTが始まった。
寝返りは順調にうまくなっていったのだが、ハイハイはまだまだその傾向がない。
寝返りは左右どちらもするが、寝返り返りは左側にしかできない。
移動は背ばいでするようになった。

岡山の病院での脳CT。
今までは経過の報告だけだったんだけど、今回初めて動きが。
脳室の中でも、側脳室と第3脳室というところは拡大しているけど、第4脳室は小さくなっているとのこと。
つまり、第3と第4の間がなにか問題があるのではないか(中脳水道狭窄症の疑い)、ということで、娘の夏休み中に入院して、MRIを撮り、問題点がその通りであれば、手術決行となった。
もし、その手術がうまく働けば、脳の大きさが回復し、より発達が望めるだろうということだ。
どうか、うまく運びますように・・・。

2012.6

バルツァにて久しぶりに家森先生の診察。
再度、1歳3ヶ月までに四つん這い、2歳まで歩行、ができないと、特徴のある歩き方、動作になっていくだろうと言われる。
そのため、1歳3ヶ月まで四つん這いができそうにない感じだったら、再度、短期でヨゼフで母子入院した方がいいと勧められた。
すぐに入院できないことは分かっているので、とりあえずすぐ仮予約。
今のところ、8月後半を押さえてもらっているので、娘が夏休み中に実行できたらいいのにな~。

2012.7

県立奈良病院にて、久々の脳波。
フェノバール増量してからの初めての脳波。
結果は残念ながらあまり変わらず。
てんかん発作が出てないのが不思議なくらいの脳波らしい。
もしかしたら手をぴくっとするくらいの小さい発作は起きているかもしれないそうだ・・・。
だが、まだフェノバールの血中濃度は有効濃度に達しておらず、当然の結果と言えそう・・・。
再度フェノバール増量。血中濃度を有効にさせてから再度脳波をとることになった。

そして、1歳を目前にした11ヶ月、ついにずりばいのような動きが始まり、背ばいをしなくなってきた。
体幹が弱いために全くできなかったうつぶせ状態での手のひら支持とお腹を浮かせることも、1歳になると同時くらいに一瞬だけだができるように。(今までは、肘支持しかできなかった。お腹はべったりと床に付いた状態)
ここからが長いのが息子の特徴なので、どうなるかわからないけど、1歳3ヶ月までに四つん這い成功なるか!
こうご期待!(笑)


ここまでが今までの息子の履歴です。
これから少しずつ足していきたいと思います。興味がある人だけご覧ください(笑)


長々とお付き合いありがとうございました!


コメント

本当になんと言っていいか言葉がでてこない、、、
励ましの言葉も上手く言えない自分が情けないわ。。
小さい体にこんなに色んな事があったんやね。
ほんとに初めて会った時から元気で、聞いてはいたけど
そんな色んな事が身に起きていたなんて想像もできなくて、、
無神経で軽々しい発言でSUさんを傷つけていた事あったと思う。
サイテーやわ私(;_;)

聞くぐらいしか、って人の話聞くのも下手な私やけど
出来ることはお手伝いさせて!
あの時は仕事出てたけど、今は家にずっといるから
娘ちゃん、、学校はじまっての入院とか全然うちに
来てくれてOKだよ!うちから通ってくれていいからね!
そんな事しかできないけど。
なんでも言ってね。
がんばれとか応援してるとか軽々しく言っちゃダメ
なんやろうけど、、、う~んなんというか、、、
応援してるね!言ってるし(~_~;)

投稿: nob | 2012年7月12日 (木) 00時11分

長い長い記事読んでくれてありがとうね~!疲れたでしょー(笑)
nobちゃんに傷つけられたことなんてないない~~!逆にどれだけ元気もらったかわからないよ。
ヨゼフの入院の時も、本当にきてもらえて、入院してるところ見てもらえて、嬉しかった~!
娘のこともいつも気にかけてくれてありがとうね!
さすがにnobちゃんとこから通学は申し訳なさ過ぎるからお願いできないと思うけどf(^ー^;、気持ちは本当に嬉しいよ~!ありがとうm(__)m
もしよかったら夏休みのお泊まり実現させて~☆
娘さん結構覚えてて、楽しみにしてるのよcoldsweats01

投稿: あい | 2012年7月12日 (木) 23時58分

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